地震の身体記憶

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一昨日の8月9日、東京のホテルで夜7時半頃から一人夕食をとっていたら、いすの底の方から微細な震えがしつこく迫ってきて、あ、地震だと思った。微細な揺れのあとに、はっきりとわかる横揺れを感じた。あとで聞くと震源は東海道南方沖、東京23区は震度4程度であったらしい。昨日帰阪。自宅にて今朝5時過ぎ、地震で目が覚めた。テレビをつけたら、今度は駿河湾震源、静岡では震度6程度、交通機関にも支障が出ているようだ。大阪は震度3程度。

地震、と感じると、阪神大震災あの朝、とその後の余震の身体記憶が瞬時によみがえってしまう。大地震の早朝、最初は地面に埋め込まれた圧搾機が自分にむかってくるような感じ、これは夢ではない、と思って目が覚めた。昔は地震といえばナマズ。「ナマズが地中を走る」絵で伝えたい体感とはまさにこのことだったのか。数秒のちには、まるで自分がシェイカーの中に詰め込まれて、横、そして縦と激しく振られるような状態になり、平衡感覚がやられてしまった。強い地震になると「地震音」が想像以上にすさまじい。横揺れで家の中のたんすやテレビや大小様々なものがぶっとび、ぶつかる音、さらに縦揺れが激しくなると、マンションの鉄骨がすさまじい圧力とねじれに耐えているせいか不気味な金属音を出し、同時に建物の奥で何かが崩れていくような鈍い響き、まさに建物自体がのたうち回って吠えているようだった。

もう、これ以上シェイクされると建物が持たない、きっとマンションの天井が落ちてくる、こうやって死ぬのか、と思ったことを覚えている。

幸運にも生きながらえてここに居る。

地震の身体記憶は刻まれていて、その後の余震の感じのパターンで、今身体に感じている地震はひどくなりそうなのか、収まりそうなのかを判断している。

自分の身体を守るために身体で覚える学習、とはこういうことなのか、と思う。

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