不言実行

| コメント(0)

Talk the talk (言うだけ番長のふるまい)、Walk the talk(有言実行)。では、不言実行の英訳は?

ぴったりした英訳をご存じの方がいらしたら教えて欲しい(「寡黙な実行者」という程度の甘いものではなく、「不言」でよろしく)。

良い意味で使われる「不言実行」であるが、そんなこと普遍的にありうるのだろうか、と思っているから気になる。

不言実行のもと、一言も言わないのに「何らかの価値有ること」の実行について、観察者と実行者の間に共通認識を持ち得るのはどんな状況で、どれぐらいの期間なのだろうか?

たぶん、けっこう長い間、周囲が評価しうる共通コードが存在し、当事者だけに通じる「寡黙な実行」の結果、それをわざわざ言わんでもわかってやってるぞ、という意味で「不言実行」という寓話が生まれる。

一皮むけば、いつ何時も本質的に不言実行であるなんて考えられない、というのが私の仮説である。 少なくとも、不言のベースとなりうる有言かつうるさいくらい強力なメッセージ(言葉だけでなく、身体的なものも含め)が集中的に流されたポイントがあるのでは、と。

つまり、不言実行って、規律が明確な共同体だけで観察されるもので、その共同体だけに通じる価値基準にそった行動。それが評価されること自体、その価値を知らない人に対しては、けっこう排他的に使える。

なので、実は胡散臭い?

むしろ、離散集合が激しい時代の節目には、「有言実行」の中の「有言」の中身と、「実行」の中身について、わやわやとやりとりしつつ、どちらにもありうる「修正」を奨励することが重要なのでは、と思っている。

仕事のことを考えていたら、こんなところに行き着いた。まずは、「有言実行」の「有言」の中身を、仮にでも定義し、議論することがすべて。「不言実行」の「不言」の後ろにある「価値」を語らずして実行するのは、当事者の意識・無意識に関わらず、排他的になりえるので、危険な状態を生むな、と思ったからである。

コメントする