Narrativeであること

語るということはどれほど大事なことだろうか。

それにも増して、心ある聞き手がいることはどれほど人生を豊かにするものだろうか。

 

このことについて、「そりゃそうだろうな」という、

「ものが普通にわかるいい人」のレベルでわかったつもりで過ごしてきたけれど、

「豊かにする」ということの中身とそのダイナミズムが全くわかっていなかった。

 

心ある聞き手がいることは、どれほど人生の痛みをいやし、封印していたものを解き放ち、

そして、心が暗黙の内に、強硬な鉄の扉に阻まれながらも、指し示していた方向に、

自分が歩むことを後押ししてくれるものか。

 

それが個人の内面で動的な活動として、ドラマチックに起きていたとしても

表面的には、飛んだり跳ねたりするような現象を観察できないが故に

静的であるととらえられる事象。

 

静的な表現型の中にあって見えないがすさまじく動的な変化。

 

それが、人生における、大きな方向性と、本質的な満足に繋がっているということについて、

すばらしく洞察と実践のある書をひもといている。

 

今年は何かが大きく変わるという予感があったけれど、

この予感は動的なレベルを想定したものであった。

 

今、根本的なパーツが私の中で再構築されるという確信がうまれつつある。

育児と仕事の両立について、まじめに考えるほど難しくなってしまう。私が娘の育児で試みたやり方が正解ということではなく、こんなブリコラージュ(寄せ集め・その場しのぎ的な)子育てもあるんだという一つのケースだと思ってお読みいただければと思う。

~小学校時代~

ちなみに、娘の小学生時代は私の収入におけるエンゲル係数ならぬ子育て係数は60%を越えていたことを付記しておく。

普通問題になる小1の壁。保育所で19時ごろまでお世話になっていた私の前にもこの壁が立ちはだかった。ところが、幸い、学童があってこれで問題解決と思ったが甘かった。指導員さんとの相性というか問題もあり、娘は当初2年間ぐらいまでは行っていたのだが、3年生になるとふつと行かなくなった。問題の複雑さも認識していたから、ムリに通わせるわけにはいかない・・・。さて。

課題) 午後早く家に帰って来る娘を夜まで一人っきりで家に置いておくのも良くない、さらに親が働いているからいろんな習い事をさせられないのもどうかなと思い、ピアノ・バレエ・図工などおけいこ事を予定に入れていた。しかし、それに誰が連れて行くか。この時期、私はやたらと東京出張が多く、出張があると帰宅は夜10時を過ぎる。旦那も夜9時以前に帰れることはほとんどない。頼れる親族も居なかった。

ブリコラージュ的解決) 旦那の大学に通っている大学生(女子学生)を雇用。彼女に、娘をピアノとバレエの送迎および付き添いをしてもらい、夕食を指定のお店で食べるようにお願い。指定した夕食の場所は、基本的に私が帰宅してからの30分では作れないような手がかかっていて栄養バランスが取れている食事を提供する居酒屋か定食屋。これらのお店はふだんから懇意にさせてもらっていて、私が娘連れで時折楽しく呑んだくれていた店。そういうところは野菜のお料理があって、出汁をきちんと取っているってことがわかっているし、人間関係もできているので親切な店。そのお店でお願いした大学生におけいこごとのあと夕食、その後、家に帰ってきて、宿題なんかをみてもらい、旦那か私が帰宅するまで家にいてもらう。図工教室は、家の近くに時間単位性で子供の自主性を尊重し創造性を延ばす教室があり、他のおけいこごとのない放課後はそこに直行。この図工教室には結果的に結構な金額を払っていたが、自分で遊びを考えたり、ものを描いたり創ったり、かなりのことを自由にさせてもらった。この経験は他のところでは得難く、美術とか工芸ものが好きになったきっかけになり、娘の一生の宝。

娘が通っていた小学校は地元の公立小学校。周囲に中学受験を考えてアクションを取っている人もおり、有名な某進学塾にとりあえず行かせたが、娘はものの見事にいやがって数か月でやめてしまった(通っている生徒がイケてなかったとの言)。じゃあ、どうする?と聞くと、家庭教師がいいと言うので、算数だけ家庭教師をつけた。その家庭教師の先生には、「中学受験はどうでもいいので、思いっきり頭を使わせてください」とオーダー。このオーダーを素で受け取ってくれた先生に学校の勉強とは関係なく、「いい意味で」むちゃくちゃ絞られたらしい。家庭教師の先生には代替わりも含め、中二までお世話になった。結局、中学受験はしたものの受験準備をしていなかったので失敗。が、今思えば、小学校の時、存分におけいこ事をさせ、安全な環境で自由に遊ばせておいて良かったと思う。

ピアノとバレエ、および家庭教師の先生がいらっしゃる日に自分の出張を入れた。家庭教師の先生のお茶出し時間に私は帰宅していないので基本、娘自身にやらせた。ケーキは日持ちせず用意が面倒なので、お出しする甘いものはプリンかゼリーのみでシンプルに。私か旦那が帰宅するまで大学生もしくは家庭教師の先生にまかせ、図工の日には私がピックアップし、旦那が早く帰ってくる週の1日は旦那にお願いした。

ふと思うこと) こんなことができたのも、土地柄が良かったせいかとも思う。親が頼れない時のリソースは私の場合、①土地柄の良さと②誰かを雇う勇気があったこと。土地柄の良さについては、娘が小学校の時、いままで人生の中で考えたこともなかった地域のありがたさについて身にしみた。ただし、小学校を機に引っ越してきたので、幼稚園や保育園をベースにした人間関係が構築されておらず、小学校に入ってから見出したウマが合うママ友はどちらも忙しかったりしてお互いに頼り合うことができなかった。これが現在、地域の問題について目を向けるきっかけとなっている。さらに、人を雇ったり、教室に長時間いかせるためにお金は使ったけれど、いろいろ経験させたことが娘の基本を形成したと思い、無駄なお金を使ったという感覚は一切なし。あ、そうそう、こんな風に誰かを雇っておけいこ事に通わせたり、食事をしてもらっている人なんか私以外にいるのかと思っていたけれど、お店の人に聞くと、意外といるらしく、同じようなシステムで食事に来る人がいると聞いたのはびっくりだった。っていうことは、これ自体ビジネスになるかもですね。おけいこ事をさせることで専業主婦のお母さんたちとの触れ合いもあって発見も多く、PTAをやっていないとわからない学校の現状について教えてもらったりすることも多々あり、それはそれで有りがたく楽しかった記憶がある。

あくまでも一例ですが。

いろいろな偶然と必然とプライド

めぐり会って、出会って、何かが起こって、

そういうもので成り立っていると気づかされるのが人生。

 

さてその次、私の基準では、

そうなるべくしてなったと認め合って、旧交をあたためるのも3回まで。

その次はそれを捨ててもいい本質を求めに行くか?という問いのフェーズに入る。

なぜ、そんな問いをする必要があるのか?

 

本質はある一定量の権威がとどまると腐りはじめる、と信じるから。

 

ある一定量の権威を求めないというプライドがある私は、

去りながら残る。

残りながら去る。

そういう「まれ人」として。

 

それを理解してくれる人がいてくれなくてもいい、と言い切ってみるのが、

私のプライド。

第二のふるさと、四天王寺。この街のすごいところを国内外のみなさんに発信して、この街のWOW!な情報に触れて、この街に来ていただいて、WOW!と楽しんでいただくためのポータルサイトを作りたいな。まずは、英語。できたら中国語、韓国語。あと、街のお店に英語メニューを導入してもっと、おもてなしが伝わるような工夫したい!ってなことを有志と熱く語り合って、クラウドファンディング始めちゃいました。

https://faavo.jp/osaka/project/428

ちょっと、我々の熱い思い、四天王寺ラブな感じ、拡散&ご支援いただければ幸いです!

ありがとうございます!

積極的諦観

ここ数年、ワタシ、ちょっとは大人になったんだろうかというチェックとして、

「苦手な人・嫌いな人リスト」というのを、頭の中に展開してみることにしている。

 

この1~2年、そのリストの人数が激減した。

その理由は、ワタシがいい人になったのではなく、

人間の限界=固着した態度はなかなか修整できない、ということを身を以て知ったからである。

 

人間としての基本的な態度が形成される青年期、誰もが主観的にパーフェクトと思える環境が与えられるはずもない。

主観的に何かが足りなくて、何かがゆがんでいて、何かが過多な刺激のある環境で大きくなる。

そこで、対処方法として、とあるスキルが突出して高くなるということと、ある態度が損なわれるということがおそらく同時に起こる。

 

きっと、ワタシもそうなのだ。

 

自分にとって、苦手・嫌いだった人に特有なのは、単にその人のスキルと態度の組合せが、

ワタシが力を発揮しやすい環境を「直接的に」形成しないことである。

 

この「直接的に」というところがミソで、

「直接的に」形成しない人であっても、ワタシにとって「間接的に」メリットがあるように組み替えることは可能である。

 

何も考えず、「直接的に」メリットがある人とだけ付き合うのではなく、

ワタシを殺しには来ないどんな人との間でも、

「間接的に」望ましい環境を創造することができるというコントロール感の元に考えて、行動する方が、

自分にとって最終的にメリットがある。

 

人には殺されないかもしれないが、自分自身は死に向かって進んでいく。

自信のあった集中力は落ちているし、肌はたるんでいるが、

せめて、どんなリソースもうまく組み替えて、人生ハッピーにした方がいい。

 

積極的諦観に基づく、リソース配置についてのパラダイムシフト。

丈夫な子

昨日、珍しく娘が喉の不調を訴え、あーしろ、こーしろと世話を焼いていたら、

彼女は一瞬、そこはかとなくうれしそうな表情をした。

 

仕事をずっとしてきたから、小さい頃なんかは頼むから病気をしないでくれと祈り、

幸いなことに丈夫そのものだったので、彼女が病気になって仕事に支障が出たことは一度もなく、

気が付いたら、めったに風邪もひかず、インフルエンザにも罹らない子に育っていた。

 

でも、手がかからない分、放置プレイが多かったから、

さびしい思いもしてきたんだろうと、ふと気づかされ、

人は無意識にもらっているものには感謝の念を忘れるという真実をつきつけられる。

 

今晩は、あなたの好きなシチューにしようね。

成長の欲

ホントは自分がすごく成長したい大人は、人の成長を助ける。

成長したい大人=私のコト。

いやしかし、結構がんばってもなかなか成長できないんだ、この年になると。

新しいように思えたもろもろはどこか、今までやってきたことの親戚みたいなもんだから、なんとなく片目でできちゃったりする。

それで、ふふーんとつぎはぎスキルで乗り切って、結局、パーツは進化なく、モジュールは解体されて元通り。

なにやってんだろ。

 

どうも年齢を重ねるってことは、成長の幅が小さくなることらしい。

 

イイ年のおばさんである私は、

だからこそ、若い人に成長の機会をサービスしてみたり、

何になるのかわからないものに、時間とお金をかけたりしてみるんだな。

はっきりいって、こんなあれこれは、自分の成長の欲が満たされないことに対する補償行動にすぎない。

 

いやしかし、

成長の欲を自分で満たすことができずに、結局麻薬のように手を出す補償行動を、

どうしておこうかという選択によっては、

世の中のためになる、のであれば、それもまたよし、なのかと。

20年、矛盾の恩寵

阪神淡路大震災から20年目の朝、ぬくぬくと布団にもぐりこんだまま、ずぼらな黙とうをしていた私は幸せ者である。

あの朝、目を押さえて、私が手渡したランタンを受け取ったマンションの階下に住むお嬢さん、

ガラスの破片が目に入って、後に失明されたと聞いた。

命を失われた方々、一生抱える負傷を追った方々、そして無事な私。

 

震災の混乱が収拾し、最初の春を迎えた頃に感じた、なんとも収まりの悪いさまざまな矛盾。

 

したたかに生き抜いて、利を自分のためだけに使う、焼け太り。

あの日から踏み出せない人々の暗闇。

万人平等に襲われたように見えた災害も、日が経てば、

焼け太った人々の跋扈と暗闇から出られず、ただうずくまる人々が同時に存在する世界となる。

大災害によって起こる、修復に時間のかかる社会の病理とはこのことか、と頭では理解したものの、

心の中での収まりの悪さをずっと抱えて生きてきた。

 

今でも、結婚のお祝いにいただいたものが破損したり、取り出せなかったりして何も残っていないことに、

小さな小さな心の痛みがある。

被害は極小なのだけれど、自分事として感じられる心の痛みがある。

 

振り返ってみると、

20年間、収まりの悪い矛盾を感じる心と、小さな心の痛みを捨てようとは思わない自分がいて、

微力なりに、焼け太りではない何かを創造する形にしようと試行錯誤してきたような気がする。

 

今年はやっと、その試行錯誤の結果が小さく見えてくるはず。

 

無事に生き残らせていただき、ありがとうございます。

 

仕事冥利

今日、私がパッションを持って取り組ませていただいているクライアントさんのお仕事がひとつ決まった。

提案書には書いておらず、打ち合わせもしていない遠くの射程にある「ありたい姿」について、会議開始直後にまるでお互いに打ち合わせをしていたかのように、ピタッと方向性が一致して、それを具現化すべく双方がメラメラと燃える瞬間があった。

数か月にわたる仕事の段取りを確認し、では実際の準備にとりかかりましょうと言って、会議室のテーブルを立ったのは、会議開始後たったの40分。

まるで天啓のような仕事はなぜか、最初から目的とアウトプットと理想とみんなの野心がきれいに串刺しにされ、その周りには、私達の成功によって幸せになる人々の笑顔が見える。

絶対、成功させてみせる。

そういう力が湧いてくる瞬間、それは、本当に仕事冥利に尽きる。

 

金曜の夜、さてどんなふうに成功させようかと、

つらつらと考えを巡らすことを楽しめる私は、幸せ者である。

伝紋®ワークショップ

今の自分を伝える紋=伝紋®というものを定義し、伝紋®をアーティストの卵たちが、クライアント役の参加者に対して作るワークショップのプログラムを設計し、最後に実施してから早くも数年が経ち、本日久しぶりにそのワークショップ開催の機会を得た。

お陰様で今日のセッションは想定外にスバラシイ結果がたくさん見受けられたのだけれど、その上で、つくづく、私の作るものは、やってみなきゃわからないものが多いな、と思った・・・。まあ、いいものだけれど、アウトプットが想定できにくいテーマを扱うので、興味を前提とした認知の獲得となれば、その努力は大変なのである。

いや、しかし。今日はありがたいことに、ひらめくものがあった。

明日は、ひらめきに導かれて動いてみよう。

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